ヨーガの種類について書いてみたいと思います。
「ヨーガの種類をあげてみて!」と聞かれたらどんな名前が思いつきますか?ヨガスタジオのスケジュールを見ながら、色んな名前があるなぁ...と比べてみることもできますね。
今日はバガヴァット・ギーターと呼ばれるインドで大切に読まれてきた聖典の中で書かれているヨーガの種類を見てみましょう。
ギーターは、クリシュナが弟子のアルジュナにヨーガの秘密を語っている場面が書かれています。クリシュナは愛の神様としても有名ですが、ヨーガの神様としても知られています。インドではヨーガを勉強している人だけではなくて、一般の人にも生きるヒントとしてギーターが広く読まれています。
道徳の教科書のような聖典だなぁと思っています。
ギーターの中に出てくるヨーガは以下のようなヨーガです。(呼び名は場面によって変わるので内容で分けています)
- ギャーナ・ヨーガ(知識のヨーガ)
- カルマ・ヨーガ(行為のヨーガ)
- アビヤーサ・ヨーガ(常修のヨーガ)
- ブッディ・ヨーガ(知性のヨーガ)
- サンヤサ・ヨーガ(放擲のヨーガ)
日本では聞きなれない言葉が多いかもしれません。
例えば、ギャーナヨギーと呼ばれる、知識のヨーガを実践する人たちは、この世の中の仕組みを正しく理解することで悟りを得ようとしています。
また、カルマヨギーは、行為の結果に執着することなく行為を行います。インドでは、ヨーガの修行者が社会奉仕活動などを行うグループが多いですが、これはカルマ・ヨーガの実践に当てはまります。
「じゃあどれが良いの?」
と考えてしまいますね。
上の2つのヨーガを単純に比べてみてみると...カルマヨギーから見たギャーナヨギーは、「理屈ばかり言って頭でっかちの学者?」
逆の立場ならどうでしょう?「良いことを行うのは良いけれど、人の役に立っていることで鼻が高くなっていて、結局本物の真理は学んでいない無教養?」(口が悪いですが、ただの例え話ですよ!!)
上のような反発が起こってしまいそうですね。だけど真実は違います。
ギャーナ・ヨーガで学ぶべき知識とは、自分のプラクリティ(本性)にふさわしく行動する術です。また、カルマヨギーが行うべき行為とは「行為に執着することなく行為する」事です。
行為に結びつかない知識は無意味であり、知識なく行為する事もヨーガとは呼べません。知識と行為は「裏と表」。一対となって両方必要です。つまり、全く違うように見える2つのヨーガも、立場と見方が違うだけで、目的地は同じです。そして、結果に執着せずに行為することは、放擲(サンヤサ・ヨーガ)に繋がります。
クリシュナは、サンヤサ・ヨーガこそが最も優れていると説いています。
ここまで哲学の話しを少し書きましたが、これは私たちの日常にも応用できる考え方なんですよ。
ギーターでクリシュナが教えてくれたのは、「人それぞれ立場は違い、行うべきことも違う。
しかし、大切なのは何を行うかではなくて、どの様に行うかが大切」という事です。
私事ですが、今までインドで出合った人の中で最も感動した出会いは、家族やお客さんのために全身全霊を込めて美味しい食事を作るお母さんでした。
まずは目の前にある自分の行うべきことを一生懸命やってみること。私も、怠慢な感情や、疑いを抱きそうになった時ほど、クリシュナが教えてくれるシンプルな教えを思い出したいです。
Hari Om…
この記事を執筆した先生
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yuka先生 (ヨガ講師・バンスリ奏者)
ブログURL
http://s.ameblo.jp/aiiro-beniiro/page-3.htmlインドを拠点にヨガとインド古典音楽の勉強を続けています。様々な形でアシュタンガヨガ、ハタヨガの指導。
・Tattvaa Yoga Shala-Ashtangayoga Teacher training 500hrs. (RYT500 取得)
・International Bansuri Academy 在学中