快晴の北海道の空に、台湾ヴィジョンオブヨガ生のジュリアが舞う。

ワナカムヨガ

今回、北海道WSに来ていたジュリア。
こんなに深いバックベンドなのに、周囲に咲く花の香りを楽しむ余裕さえ感じられる穏やかな表情。
それは、どんなアサナに入る時も常に身体と対話し、1センチ1センチ変化する身体を大切に扱いながらアサナに入っていくから。

身体の声を聞きながら動く彼女の練習からは、その他一切の音が聞こえてこない。呼吸音ですら。
見ている方まで、彼女の身体の囁く声が聞こえてくる様だ。

周囲の花と戯れるかの様に舞い、、この澄んだ空に溶け込んで行く様な清らかなメロディー(身体の声)が聞こえてくるアサナは、人間の肉体である事を忘れてしまう自然との一体感を感じる。

何故、彼女の話を出したかというと、
北海道WSの話の中で最も印象的だったマスターのお話をここで紹介したかったから。

『身体を大切に扱う』ということ。

今回のWSに限らず、マスターが常に言い続けて来たメッセージの一つなので、この言葉だけを聞いても、何故わざわざ紹介するのだろうと、今の時点では読む必要性を軽視する人もいるかもしれない。

2日間、全6クラスあったWS。その中から、たった一つの話を取り上げたいと思います。

なぜ身体を傷めちゃいけないのか・・その例え話を綴ります。

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ビルを建てる時、建築家がどうゆう構造にするか考えて、その設計図を元にビルを建てるはず。
よって、そのビルを作ったのは、その建築家で、例えば “建築家○○が建てた美術館” と言えるだろう。

では、私達のこの肉体。
自分で “これくらいの身長と体重で、肌の色はこれくらいで、、、脳みそはここで、心臓はここ、胃は小さめで、、、” と、自分で決めて生まれてきただろうか?

「あ、、違う・・・!」

ハッとした。
自分でこの身体を設計した訳じゃない。つまり自分のものじゃないんだ。。

マスターはこう言った。

『この肉体は、大いなる自然が生み出したもの。それを勝手に傷つけるなんて許されない。
今この場で僕が、スタジオの壁を壊したとしよう。これは許される行為だと思うか?
僕のものじゃないんだ、もちろん許されないだろ?』

“自分の”身体だと思っていた肉体を傷つけるという行為。
その罪の重みを気付かされた瞬間だった。

今までも、身体を傷つけちゃいけないって言葉を聞きながら、“何故”か、その理由を考えていなかった自分を恥じた。散々、『言葉を鵜呑みにせずに自問しなさい』というマスターのメッセージも聞いていたのに・・。

自分のカラダを傷つけない?
それって、自分のカラダを労るってこと?優しくするってこと?無理をしない??
けど甘やさず鍛錬する必要もある・・その加減ってなに?

こんな風に、『傷つけない』という言葉の意味を探るだけだった事に情けなさを感じたのだった。

自分のアサナを自負していなかったとしても、“自分の”カラダだと思って練習していた時点で、エゴを強くしてしまっていたのかもしれない・・と、普段の練習を見直すキッカケになった今回のWS。

ジュリアのアサナから自然との一体を感じたのは、アサナから奏でられる音が、彼女自身のカラダの声をではなくて、大いなる力の声が耳に届いていたのかもしれない。。

なんて思ったりもしたのでした。

アジアヨガカンファレンスで見た、色んな意味で衝撃だったサティアのデモンストレーションもそうでしたが、(https://www.yogamaga.com/5630.html)
マスター指導のもと練習を続けている生徒は皆、“音のない音”の奏で方を知っているようです。

そんなマスターの教え子、ワナカムヨガスクール生のデモンストレーションを見れる機会が!
9月に開催される横浜ヨガフェスタであります。

http://www.yogafest.jp/2013/archives/8431

ワナカムヨガスクールHP
http://vanakkamyogaschool.com/ja/what-is-vys/
ワナカムヨガスクールFacebookページ
https://www.facebook.com/VanakkamYogaSchoolJapan
こちらの記事はヨガマガにお寄せ頂いたものです。
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